「DOUBLE FANTASY – John & Yoko」(10/9-21/1/11) (ソニーミュージック六本木ミュージアム)

exhibition

■展覧会名:DOUBLE FANTASY – John & Yoko(読み:ダブル・ファンタジージョン・アンド・ヨーコ)
■会期:2020年10月9日(金)~ 2021年1月11日(月祝) 予定(休館日:12/31、1/1)
■開館時間:(入館は閉館時間の30分前まで)
◎日~木:10時~18時 ◎金・土:10時~20時
◎祝日:11/3(火)23(月)18時まで :1/11(月)20時まで
■場所:ソニーミュージック六本木ミュージアム(東京都港区六本木5-6-20)
■主催:株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント/ 株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ
■メディアパートナー:朝日新聞社
■チケット: <一般>前売2,500円/当日2,600円(税込)
<大学・専門学校> 前売2,000円/当日2,100円(税込)
<中・高校生>前売1000円/当日1,100円 (小学生以下無料/ 障がい者各半額)
<数量限定グッズ付きスペシャル・チケット>2種10,000円/3,000円(いずれも税込)
■オフィシャルサイト: https://doublefantasy.co.jp/
■チケットの詳細はオフィシャル・サイトのチケット・ページまで: https://doublefantasy.co.jp/tickets/


DOUBLE FANTASY – John & Yoko とは:

“DOUBLE FANTASY – John & Yoko”は、2018年5月から2019年11月までジョンの故郷であるイギリス・リバプール博物館で開催された大規模な展覧会。
”ジョンの故郷であるリバプールのために”とヨーコ自身も深く関って完成させたその圧倒的な内容で高い評価と反響を呼び、会期も当初の予定から7ヵ月も延長、異例の70万人を動員しました。
話題の展覧会が、ジョン・レノン生誕80年、そしてその生涯を閉じてから40年となる2020年10月9日、ジョンの故郷リバプールから、ヨーコの故郷東京にやってきます。

ジョンとヨーコの言葉・メッセージ、作品だけで満たされる世界初の展覧会となる“DOUBLE FANTASY – John & Yoko” では、この伝説的な二人の私生活や創作において共鳴し合う関係性が初めて彼ら自身の言葉で語られます。
展示は時系列に沿って、前衛芸術界を牽引する一人の芸術家ヨーコと、世界的ロック・スター ジョン、という二人の天才の誕生から、1966年ロンドン・インディカ・ギャラリーでの運命的出会いを経て、その後互いに影響を与えあったアーティスト活動全般を巡り、現在まで続く“IMAGINE PEACE(イマジン・ピース)”キャンペーンを探訪します。

エキシビションでは、ヨーコ自身のプライベート・コレクションからの貴重な品々を含めた100点以上が展示され、互いへの深く強い愛を、アート、音楽、映像作品を通して表現した、世界で最も創造性豊かな二人のアーティストの出会いを祝福すると共に、あたかも二人の人生を共に歩んでいるかのような親密さにも溢れています。

ジョンとヨーコは、自身の知名度と影響力を駆使して世界中で平和と人権のための斬新なキャンペーンを展開し(ベッド・イン、WAR IS OVER! (if you want it)など)、自分たちの生き方のみでなくアート、音楽、行動主義のあり方を永遠に変えていきました。二人がその愛を通して訴えた平和や人権への本質的・普遍的メッセージは今なお、また今だからこそ人々の心に響きます。



展覧会の見どころ:
✧ ヨーコの
「Ceiling Painting(天井の絵)」、「Painting to Hammer a NailÄb0(釘を打つための絵)」、「Apple(リンゴ)」:1966年、ロンドンのインディカ・ギャラリーをジョンが訪ねます。ここから全てが始まりました。[1] ✧ ジョンの手書きの歌詞:「Imagine」、「In My Life」、「Give Peace a Chance」、「Happy Xmas (War is Over)」、「Woman」など。
✧ Grapefruit(グレープフルーツ):ヨーコが1966年にジョンにプレゼントしたアートブック。1964年に出版されたこの本は、コンセプチュアル・アートの代表作であり、「イマジン」の歌詞やアイデアに直接影響を与えた、とジョンも語っています。2017年6月、ジョンの希望通り「イマジン」の共作者として正式にヨーコの名前がクレジットされました。
✧ Bed In(ベッド・イン):1969年にアムステルダムとモントリオールで行われた有名な平和活動、ベッド・インから、ギターやメッセージ・ボードなどのアイテム。[2]
✧「The Daily Howl」他:ジョンが少年時代に手作りしたイラスト満載の本を始め、独特の線画による絵画も多数展示されています。
✧NEW YORK CITY Tシャツ他アイコニックな服:ボブ・グルーエンのポートレートで着用したあまりにも有名なTシャツの実物、ジブラルタルでの結婚式の衣装など。
✧ジョンがついに手に入れたグリーン・カード:アメリカに移住を決めてから5年の戦いを経て1976年に取得したグリーン・カード。[3]
✧二人が共作したパフォーマンス・アート作品:“WAR IS OVER!(if youwant it)”、“Plastic OnoBand”や二人の初めての共同作品である『Acorn Peace(平和のどんぐり)』など[4]
✧Wish Tree(願かけの木):展覧会を訪れた人なら誰でも、短冊に平和への願いや夢、メッセージを書き、木の枝に結びつける事ができる参加型のアート作品。展示終了後、短冊のデジタル・コピーはジョンとヨーコによる世界平和祈願の象徴であるアイスランドの “IMAGINE PEACE TOWER” に永久に保存されます。

展覧会の見どころ:本邦初公開品を含む東京展独自展示
ジョンとヨーコ、そしてショーンは、76年にジョンがグリーカードを獲得したことでアメリカ国外への旅行が叶い、1977~79年の間、毎年日本を訪れ家族旅行を楽しんでいたことが知られています。東京展独自展示コーナーでは、日本との絆を感じさせる品々を展示します。
ジョンの日本語練習スケッチ・ブックの原画:ジョンが日本語を理解し学ぶためにローマ字とイラストで日本語の単語や表現を綴った日本語練習帳とも言えるスケッチ・ブックのオリジナル原画。日本初公開となる「KAZOKU(家族)」「SABI(寂び)」「AMAI、SUPPAI、SHOPPAI、KARAI、NIGAI(甘い、酸っぱい、しょっぱい、辛い、苦い)」などを含む、遊び心に溢れたジョンの人柄に触れられる直筆のイラスト。
軽井沢での日々:度々訪れていたという軽井沢での和やかな家族写真(撮影:西丸文也/NishiF. Saimaru)とその際着用していた洋服等。

【脚注】
*1:インディカ・ギャラリー
:1966年11月7日、ジョンは友人に誘われ、ヨーコの個展「UnfinishedPaintingsandObjects」を訪れます。当時前衛芸術に懐疑的だったというジョンですが、今回展示されている「天井の絵」(脚立を登って、天井に吊るされた絵を観る作品)に出会ったことで変わったといいます。「そこには梯子があって、天井に何かぶらさがっていたんだ。それで、その梯子を登ってみると、そこに’YES’と書かれていた。だったらOK、と思ったよ。もしそこに’NO’と書いてあったら、アートについてこれまでと同じ価値観を持ち続けたと思う」(ジョン:ヨーコの「天井の絵」について語る。1968年デヴィッド・フロスト・ショー)「個展で彼に会ったときは、そこからすべてが変わっていくなんて想像していませんでした。あの日以降、何もかもが変わったのです」(ヨーコ:2010年デイリー・メール紙)
*2:ベッド・イン
:1969年3月20日、ジブラルタルで結婚式を挙げたジョンとヨーコは、その5日後、アムステルダムのホテルで世界平和のためのパフォーマンス、“ベッド・イン”を行います。当時ベトナム戦争などアメリカ・ヨーロッパでの社会不安を背景に、自分たちに注目が集まるこのタイミングでホテルを訪れる記者らの人々に愛とユーモアを持って平和を訴え、それを広めることが目的でした。1969年6月、モントリオールでの2回目のベッド・インでは「平和を我等に(GivePeaceAChance)」のレコーディングも行われています。
「もし、僕たちがなにか結婚のようなことをするのであれば、それを平和のために捧げよう、と決めていた。ベッド・インの間には〜僕たちは僕たちだからね、平和を創り出すことへの責任をより担う方向へと発展していったんだ」(ジョン:1971年ローリング・ストーン誌)「世界中のほとんどの新聞、特にヨーロッパやイギリスの新聞が、“結婚したカップルがベッドに!”、なんて見出しを掲げたら、すごく面白いんじゃないかって思ったんだ」(ジョン:1971年ディック・キャベット・ショー)
*3:グリーン・カード
:1971年にアメリカに移住したジョンとヨーコですが、ベトナム戦争下のアメリカは二人の平和運動を疎み、ジョンは2度の国外退去を求められるなど、グリーン・カードの取得にあたって長年に渡りアメリカ政府と闘うことになります。1975年10月7日、ジョンはニューヨーク最高裁で勝訴し、1976年7月27日、遂にジョンはアメリカの永住権を獲得しました。これはアメリカVSジョン・レノンの戦いの証ともいえるジョンのグリーン・カードの実物です。
*4:二人のパフォーマンス・アート
:1968年6月、二人は初めてとなる共同のイベント「平和のどんぐり(Acorn Peace)」を行いました。ベトナム戦争の収束がみえない中、1969年12月二人は「WAR IS OVER! (if you want it)」という広告ビルボードを世界の主要12都市に掲載するキャンペーンを行います。これは1971年の「Happy Xmas(War Is Over)」へとつながっていきます。
「2つのどんぐりを一緒に植えたとき、私たちはその2つの間に距離がないことに、ふと気づきました。“東は東、西は西、両者出会うことならず”という有名な詩は真実でした。でも、ジョンと私は、私たちの愛で東と西をひとつにしたのです」(ヨーコ:2005年ガーディアン紙)

■プロフィール
【ジョン・レノン プロフィール】
1940年10月9日、英リバプール生まれ。1960年代はザ・ビートルズのメンバーとして活躍、史上最高のロックン・ローラー。1966年オノ・ヨーコと出会い、1969年3月結婚。二人は共作したコンセプチュアル・アート「Acorn Peace(平和のどんぐり)」「Bed In(ベッド・イン)」「WAR IS OVER! (if you want it)」などの平和運動とともに、「Give Peace A Chance(平和を我等に)」発表後プラスティック・オノ・バンドとして活動。ザ・ビートルズ解散後の1970年『John Lennon/Plastic Ono Band(ジョンの魂)』を発表しソロ・キャリアをスタート。1971年ヨーコとともに拠点をニューヨークへ移し、同年『Imagine(イマジン)』を発表、英米日で1位を獲得。1972年にはヨーコと共に『Some Time in New York City(サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ)』を発表。その後も1973年『Mind Games(マインド・ゲームス)』、1974年『Walls and Bridges(心の壁、愛の橋)』、1975年『Rock’N’Roll(ロックン・ロール)』とコンスタントにアルバムを発表する。1975年、息子ショーンが生まれた事を機に主夫として生活、しばらく音楽活動を離れる。1980年、5年の沈黙を破りジョン&ヨーコ名義での『Double Fantasy(ダブル・ファンタジー)』で音楽シーンに再登場。しかし、リリース直後の12月8日、凶弾に倒れ悲劇的な死を迎える。享年40歳。ジョンが遺した作品、メッセージは今もなお人々の心に寄り添い、時代を超えて生き続ける。

【オノ・ヨーコ プロフィール】
1933年2月18日、東京都生まれ。1950年代後半よりNYで芸術活動を開始。コンセプチュアル・アートの先駆者、前衛芸術家、音楽家として60年以上にわたり全世界へ向けてメッセージを発信し続ける。1964年『Grapefruit(グレープフルーツ)』を出版。1966年、ロンドンのインディカ・ギャラリーで開催した個展でジョン・レノンと出会い、その後共に音楽・芸術活動を行なう。1968年『Unfinished Music No.1: Two Virgins(未完成作品第一番 トゥー・ヴァージンズ)』発表。1970年『Yoko Ono/Plastic Ono Band(ヨーコの心)』、1971年『Fly(フライ)』他、2018年最新作『WARZONE(ウォーゾーン)』まで20作のアルバムを発表。1974年郡山での「ワン・ステップ・フェスティバル」、2014年「フジロックフェスティヴァル」など日本のロック・フェスにも参加。ジョンは生前「イマジン」は『グレープフルーツ』から着想を得ていたと語っており、1971年のリリースから46年後の2017年にジョンの希望通り、ヨーコの名前が共作者として正式にクレジットされるに至った。一貫してアートと日常生活の境界を崩すことを試み、彼女ならではの前衛的な方法で愛と平和を訴え続けている。「一人で夢みる夢は ただの夢 一緒に夢みる夢は 現実となる」(「Now Or Never」(1973)より)
<(株)ソニー・ミュージックエンタテインメントのリリース資料より。>


タイトルとURLをコピーしました